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ふるさと [日々鉄道小景~ショートストーリー]

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「あっ、この人知ってる!わたしのふるさとの偉い人だもん。たしか『銀河鉄道の何とか』とか書いた人だよね!苗字は・・・石沢だっけ?」
・・・上野駅地平ホームに立つ石碑を見ながら、彼女は笑って得意げにそう言った。
「違うよ。『銀河鉄道の夜』を書いたのは宮沢賢治。この人は短歌とか詩とかを作った人だよ。それと苗字はイシカワ。」
偉人の名前もその作品名も、あきれるほど違っていたけれど、なぜか二人とも彼女の故郷の出身であることだけは正しかった。
「え~、そーなの?なぁんが、またおべたふり(知ったかぶり)したみてぇだねぇ」
僕としゃべるときは、いつもつい出てしまうのだという方言を今日もまたうっかり出しながら、彼女はまだ幼さの残る横顔を赤らめた。

僕の故郷は、ここから電車で30分の所にある都心のベッドタウン。
彼女のふるさとは、ここから新幹線で2時間半、そこからローカル線に乗り換えて更に1時間はかかる田んぼと山以外何もないような、山奥の村。
二人とも故郷を出て、もう数年が経とうとしていた。

「・・・なあ。近くて帰れない故郷と、遠くて帰れないふるさと。不幸なのはどっちかなあ」
彼女の右手を少し強く握りながら、こう聞いてみた。いつも通り、少し考えてからニコっと笑い「う~ん、よく分かんない。でも近くにいる人と、こうやっていつまでも一緒にいられることが一番の幸せかなぁ」とあどけない笑顔で答えてくれることを想像していたが、

彼女はなぜか何も答えずに、すっと僕の手を離し、ホームの向こう側へ小走りにかけて行った。

「おい、待てよ~」追いかけようとした僕の耳に、ふと懐かしいアナウンスが聞こえてきた。

「業務連絡~トオサンバン 折り返しのイチマルサン列車接近!
お待たせいたしました~十三番線には~二十時五十七分発、東北線経由の青森行き~急行八甲田が到着いたします~白線の内側に下がってお待ち下さい~」

アナウンスを聞いた彼女は、クルっと振り向いて
「なつかしい~この電車、子供の頃よくこれでお母さんと東京さ来たよ~」と笑った。

「へえ、そうか…」
何で、新青森まで新幹線が伸びる年に、廃止されたはずの夜行列車が走ってるんだろう、と少し疑問に思いながらも、僕はやっと彼女に追いついて、手を伸ばして握ろうとした。



・・・・・・そこには何もなかった。
薄暗く白い天井で揺れている消えた電灯に向かって、僕は手を伸ばしていた。
部屋の中はほの白く、外では早起きのスズメの鳴き声が聞こえる。
昨日飲み過ぎたビールの空き缶がベッドの下に3、4個転がっているのを、ぼんやりと見つめながら、僕はのそのそと起き上がった。
時計を見ると針は4時半を指している。外からは朝刊配達をしているバイクの音が聞こえてきた。

ちょっと前までは、こんな夢を見た後は、必ず涙の跡が頬に残っていたものだけれど、最近はもう泣くこともなくなった。
「僕も少しは成長したのかな」
ぼぅっとする頭で、それでも心の芯には何か熱いものがあるのを強く感じながら、僕はそうひとりごちて、目覚まし時計の鳴る7時まで、もう少し横になることにした。

遠くの高架線を、始発の新宿行各駅停車が、静かに走り去って行く音が聞こえた。
「あの始発電車が、もしかしたら銀河鉄道の折り返し回送列車なのかも知れない・・・」
そんな馬鹿げた空想を思いながら、


僕はもう少しだけ、


まどろみに身を任せることにした。




カバー写真:2010/11/06 上野駅 Canon EOS50D この物語はフィクションです。

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